ハロウィンに行く神社、隠された顔を持つオオナムチ神

燕さる オオナムチを祀る神社



歳時記は季節の開運コードです。
あと1週間もたたないうちに秋分の日がやってきます。3月の春分から半年。頑張ってきたことは実を結びつつあるでしょうか?

燕が子育てを終えて南の国へ飛び立っていきます。

9月18日 「白露」末候 玄鳥去(つばめさる)

4月のはじめ、春先に燕を見ると気持ちが華やぐものです。つばめの子どもたちが軒先でピーチクパーチクやっているのは、にぎやかで。
そのうち庭先で、初めて空を飛ぶ子供たちにお手本を見せながらグルグル回る親子。それは微笑ましい光景です。
そんな燕も、子育てを終えて温かい国へ帰っていく・・・。

私の頭に浮かんだのは、国を豊穣に実らせては去り、別の国を豊かに実らせる。そういう神でした。
その神の名はオオナムチノミコトでした。豊かな国づくりや農耕、医薬についてお得意な神様を祀る神社をご紹介いたします。

オオナムチが祀られる神社

ホツマツタヱの中でオオナムチは出雲に大繁栄をもたらした後のことが多くて、スクナヒコナと諸国を巡るあたりの詳細は分かりません。

ただ、古事記にはかなり詳しく苦難のものがたりが語られています。兄弟や親子関係もホツマツタヱとは異なり、最たる違いはオオクニヌシとの混同です。オオナムチの古事記ものがたりは隠された歴史の”暗号”を受け取る材料とするスタンスで考えます。

須我神社(すがじんじゃ)

ご祭神 須佐之男命(すさのおのみこと) 稲田比売命(いなだひめのみこと) 清之湯山主三名狭漏彦八島野命
住所 島根県雲南市大東町須賀260

ホツマツタヱによると、オオナムチは、ソサノヲがタカマに復帰してから初めてイナダヒメとの間に生まれた麗しい息子でした。ですから、ソサノヲとイナダヒメが最初に暮らしたであろう須我神社(すがじんじゃ)がオオナムチの生誕地ではないでしょうか。

オオナムチはもともと諸国を巡ることに憧れをいだいていたようです。大物主に任命された後も、宮仕えの業務は息子に事代として一任し、自分自身は民の飢えはないか、病気はないかと自ら巡って農耕を教え、薬草の知恵を授けるなどして国を豊かにすることに情熱を傾けました。

来阪神社(きさかじんじゃ)

ご祭神 素盞鳴尊(すさのおのみこと) 稲田姫尊(いなだひめのみこと) 大己貴尊(おおなむちのみこと) 少彦名尊(すくなひこなのみこと)
住所 島根県出雲市矢尾町799

オオナムチの父、ソサノヲの腰掛石があり、当社から遠近の国の趨勢を眺めていたという事です。少年期のオオナムチが父のそばで国サスライ口伝を聞いた・・・そんな光景が目に浮かぶようです。ソサノヲの体験はまさに少年クシキネ、オオナムチにとっては大冒険に思えワクワクしたことでしょう。

古事記で体験しているオオナムチの苦難は、ひょっとしたらこういう場で父の放浪ストーリーを聞かされた、その内容なのかもと想像が膨らみます。何度も死んで、生まれ変わるスサノオ。スサノオこそ苦難の人であったと思うのですが。

”焼けたイノシシ石”、これはまだ少年時代のソサノヲが荒ぶれて山火事を起こした時、迎え火を焚いた母イサナミが火に巻かれて死んでしまいます。その時、母と共にソサノヲの心は死んだのではないでしょうか。
”赤貝、ハマグリ”により生き返るのですが、今度は”キノマタ”に挟まれるのです。タカマに仕える姫を事故死させたことでタカマから追放され、神としての死を経験した・・・という風ににも取れます。

オオナムチは父の悲惨な人生を、今となっては英雄譚として追体験したのかもしれません。自分の父のように国々を巡って立派な人間になるぞ!と旅に出たのです。

宇志比古 宇志比売神社(うしひこうしひめじんじゃ)

ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと)
住所 徳島県鳴門市大麻町板東牛ノ宮東18

旅の途中にスクナヒコナと出会い、ともに国づくりの旅を続けました。スクナヒコナは「カガミノフネ」にのってオオナムチの前に現れ、最初は言葉を話さなかったようです。二人は時折高い山に登っては、ご神徳を深めながら、国々を巡った様子が、神社のご祭神や由緒で伝わってきます。

宇志比古 宇志比売神社(うしひこうしひめじんじゃ)宇志比古 宇志比売神社(うしひこうしひめじんじゃ)

ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと)
住所 長野県木曽郡木曽町三岳3793

湯殿山神社(ゆどのさんじんじゃ)

ご祭神 大山祇命(おおやまずみのみこと) 大己貴命(おおなむちのみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと)
住所 山形県鶴岡市田麦俣字六十里山7

總社大神宮(そうしゃだいじんぐう)

ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)
住所 福井県越前市京町1-4-35

「総社」と名づく神社が、中国地方や四国など特に西日本や北陸にはたくさんあります。そこにはオオナムチが中心に鎮座しています。日本海側の各地域は、オオナムチにとっては庭のような感じなんだな、という感想です。

能登生國玉比古神社(のといくくにたまひこじんじゃ)

ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)
住所 石川県七尾市所口町ハ48

三河國一之宮 砥鹿神社 (とがじんじゃ)

ご祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)
住所 愛知県豊川市一宮町西垣内2

オオナムチは八雲琴を胎教で聞いて生まれた特別な御子です。ですから、八十神にいじめられるどころか、国々を巡って民に富と健康をもたらした大人気の神様です。父ソサノヲのような冒険を求めて厳しいお山にも登ったのでしょうが、そのことがますますオオナムチのご神威を深めたことでしょう。

出雲の国に凱旋した後のオオナムチはどうなっていくのでしょうか。

そのオオナムチは出雲に凱旋帰郷します。息子はコトシロヌシとして国の覚えもよく、出雲の国はますます繁栄して得意満面となります。そして、タカマをも凌駕するほどの大神殿を建てるのです。それが出雲大社(杵築大社)です。

現在のご祭神は大国主神となっていますが、その名は息子の初代事代主が後の栄誉を称えられてタカマから頂いた称え名なのです。

得意絶頂のオオナムチは、タカマ(中央政府)からの忠告を無視し、送られてきた使者を次々とその人たらし力で篭絡し、味方として行きます。いよいよ天下取りか!と危機感を持ったタカマは、ついに武神を送り出します。

息子の事代主はそんな父を見て忠告し、蟄居してしまいます。しかし、末のタケミナカタは父の味方をしました。しかし、タケミカヅチには敵わず、諏訪湖にて降参します。そのあと、オオナムチは津軽へと国替えになるのです。

岩木山神社(いわきやまじんじゃ)

ご祭神 顕国魂神(うつしくにたまのかみ) 多都比姫神 宇賀能売神 大山祇神 坂上刈田麿命
住所 青森県弘前市百沢字寺沢27

オオナムチは津軽に行ってからも国を豊かに整備していきました。美しい国づくりの神なのです。「うつしくにたま」とはオオナムチの称え名です。

もしも、三内丸山遺跡(紀元前3500年ごろ)のある村をオオナムチがつくったのだとしたら、神が生きた時代がわかりますけどね。あの村は気候が変わり、作物が取れなくなるまで1000年もの間続いたのです。太いくりの樹で、あの大櫓はできています。出雲大社にははるかに及ばない大きさですけれども。

二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)

ご祭神 大巳貴命 田心姫命 味耜高彦根命
住所 栃木県日光市山内2307

こちらの主祭神はオオナムチの二番目の息子、アチスキタカヒコネだと思われます。奥様は美濃の下照オクラヒメです。

鬼神社(きじんじゃ)

ご祭神 高照比女神 伊奘那岐大神 大山祇神
住所 青森県弘前市鬼沢字菖蒲沢151

ココにはオオナムチはいませんが、娘のタカコが祀られています。国譲りの前にタカマから送られてきた使者である、美濃の金山彦の孫ワカヒコと恋仲になりとつぎますが、夫は矢に討たれて亡くなります。悲しみの声が天にも届いたと伝承を生みました。岩木山神社の奥宮にも祀られているという事で、父オオナムチや母タギリヒメの晩年にもそば近くいたのでしょうね。

トップ画像出展元:ta2roさんによる写真ACからの写真

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