草津白根山を祀る神社

草津白根山 湯釜



2018年1月23日11時50分草津白根山に火口周辺警報が発表されました。
警戒レベル3で入山規制が掛ります。
草津白根山三山の一つ元白根山、鏡池付近で噴火が起きたということです。
通常では考えにくい場所での噴火であるということが次第に明らかになってきました。



草津白根山の火山活動歴

国際的に活火山とは、過去1万年以内に噴火した火山の事だそうです。2017年時点で、日本には111のそうした活火山があるとされています。
草津白根山に関しては、1989年90年に火山性微動、2004年に湖水変色、地震、2008年に噴気、2011年東日本大震災以降地震活動が活発化したという経緯をみせています。死傷者が出た噴火は1976年水蒸気爆発が起こり、滞留ガスにより登山者3名が犠牲になったものが直近の情報です。
江戸時代には温泉以上で温度が急上昇し死者が出たという事もあるそうです。

2018年1月23日現在は警戒レベル3ということなので、入山規制がなされています。
訓練中の自衛隊員一人が噴石により死亡、多くのけが人が出たことで300㎞/時にもなる噴石の威力を見せつけられています。

一旦噴火すると恐ろしい活火山ですが、通常は美しい火口湖がいくつかあり、東京から日帰りOKの軽登山の場として人気の高い草津白根山の普段の見どころを知りたいと思いました。

草津白根山の湯釜

1882年の大噴火前までは、火口付近まで緑が広がっていたということで、長く噴火を起こしていなかったことがわかります。
山頂付近にはいくつかの火口湖が形成され、湯釜、水釜、涸釜と呼ばれています。

駐車場から20分ほど山を登ると湯釜が見られます。湯釜は直径300m、水深30m、水温は18度で酸性度が高いことでは世界有数の火山湖です。
秋に行くと、紅葉が広がり、硫黄の臭いの中を歩き、鉄イオンや硫黄などの影響で白濁したエメラルドグリーン(抹茶ミルクのような)の湯釜が見られるようで、それは美しいそうな。
火口縁に湯釜の展望台がつくられていたものが一時閉鎖され2017年6月に解放されたところでした。

首都圏からギリギリ日帰り可能な山で、近隣の本白根山、逢之峰とあわせて白根山三山というそうで、病みつきになり毎月通うというファンもいるほど美しいと評判が高いのですね。

入山規制が解かれ、平常に戻れば訪れてみたいですね。



本白根山 鏡池

今回の噴火は本白根山の鏡池付近で起きたとのこと。

本白根山にある鏡池は、かつての噴火口に水が溜まってできたものです。
池の中の亀甲状の模様は冬の厳しい気候の中で、地下水などの働きにより、大きな石と小さな砂が分離されて自然にできた構造土なのだそうです。地相が地表に出ているのですね。大地の意志を感じられる場所のようです。今回噴火が起きたことで、人は何を知らなければならないのでしょうか・・・。

白根山は本白根山、奥白根山をあわせて白根三山と言われているそうです。
日本のお山は神様のご神体であることも多いのですが、さて、白根山はどのような神様なのでしょう。

草津白根山を祀る神社

白根山は神様のお山です。白根山を祀る神社はかつては山頂に鎮座し、草津温泉入口にあった遥拝所が、温泉街を見下ろす現在の山上に遷座したようです。草津白根山山頂には奥宮の石祠が鎮座しています。

神社史によると草津温泉の発見は源頼朝による、とあります。
信州三原で狩りをし、白根明神の鳥居の場所まで来た時に硫黄の臭いを嗅ぎ付けて掘らせると温泉が湧いて来たと。
そこで怪我をしていた足利何某に試させると7日で怪我が治癒したといい、頼朝公自身も草津の湯で入浴したという事です。

そのようなエピソードを持つ白根神社へは鳥居から100段ほどの階段をの持っていきます。途中休憩するあずまやがあります。

白根神社のご祭神ヤマトタケルの東征ルート

日本武尊(やまとたけるのみこと)がご祭神となっています。
ヤマトタケは景行40年(西暦110年ごろ)東北の蝦夷討伐(えぞとうばつ)の命を父景行天皇より受けて関東・東北へと出立しました。
途中、焼津で反旗を翻され火攻めに遭いつつも足柄山にたどり着き、相模の守りが硬く手こずり、嵐に遭って妻を亡くすなど、東征の道中は非常に苦労しながらの行軍でしたがついに上総に入ることができました。
そこから香取、息栖、鹿島の守とみあえを為して歓談した後、いよいよ津軽とヒタカミとの交渉に入ります。
交渉の場は福島県いわき市勿来(なこそ)と伝わります。

オオトモタケヒによる説得により戦わずして和解したあと、お供のキビタケヒコは越前に向かったとあります。
途中群馬県佐波郡あたりでキビタケヒコと別れヤマトタケは信濃木曽路の帰路をたどり尾張へと向かったのでしょう。
ということは、白根山にヤマトタケがご鎮座する理由は、越後への途中キビタケヒコにより勝利の碑が建てられた跡とも考えられます。

東征の帰路は、ヤマトタケ、オオトモタケヒ、キビタケヒコが三つに分かれて戻ったのですから、陣取りみたいにマーキングしてまわったのかもしれません。ヤマトタケルの死後追悼の社を、父景行天皇が立てて回ったことで大和朝廷の版図を強固なものにする狙いもあったことでしょう。

境内には諏訪神社が鎮座します。おそらくはもともとの地主神がいたであろう香りをわずかににおわせています。
そしてその地主神とは、諏訪神の縁者であったと考えられます。

白根神社 概要

住所/群馬県吾妻郡草津町草津538[地図]
ご祭神/日本武尊(やまとたけるのみこと)
アクセス/関越道渋川伊香保ICから国道17・353・145・292号経由60km1時間20分
問い合わせ先/0279-88-0800 (草津温泉観光協会)

(画像出展元:草津温泉 白根神社)

草津白根山の意図は?

地球にも意識があるということは、お山にもお山の意図があることでしょう。
今回、大雪に見舞われる寒波の最中の噴火はどのような教訓を与えてくれているのでしょうか。
古代の人々は天変地異は神様の”荒魂(あらみたま)”の働きと考えたのです。
荒魂をも、神の四魂の一面であるとして祀る日本人としてそこは押さえておきたいです。

荒魂のお働きは「創造」と言われます。破壊は創造のはじまり。ゼロに戻してはじめるということです。
和魂(にぎみたま)はやわする調和の心。
幸魂(さきみたま)は発展していく力。
奇魂(くしみたま)は神秘の智力。

これら四つを四魂といい、通常は眠っているように見えます。
惰眠をむさぼる魂を目覚めさせるために荒魂がリセットし、それを受けて目覚めた他の魂をキチンと発動させる事が大事なのだろうと思います。

3・11は大きな爪痕となって今も心揺さぶりますが、「日本のために祷る」輪が世界に広がりました。
そして「日本人の民度の高さ」が改めて世界の賞賛の的ともなりました。日本人の中に四魂がバランスよく働くと世界に大きな影響力を持つことができると解りました。

一人ひとりが四魂を働かせることが大事だと思います。

ひとの荒魂は勇気として出ます。迷ったら、前進する方を選ぶ。
ひとの和魂は思いやりや優しさとして出ます。困っている人に手を差し伸べる。
ひとの幸魂は仕事の中ででます。打ち込めるものに集中する。
ひとの奇魂は手を合わせる暮らしに現れます。感覚を開く暮らしを楽しむ。

白根山は、風水的に江戸を鎮守する座山と言われています。ここが揺るぐことで何かの警告であるように感じます。

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